はじめに

自分はそもそもサラリーマンに向いていないのではないか

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これまでのサラリーマン生活の中で「自分はサラリーマンには向いていないのではないか」と思うようなことがいくつかありました。ここではサラリーマン生活の中で感じた違和感等について説明したいと思います。

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サラリーマン生活での違和感

大学卒業後は大手企業に入社し、サラリーマン生活が始まりました。誰もが名前を知っているような会社に就職したことでそれなりに誇らしくも思っていましたし、両親をはじめ、親族には「ちゃんとしたところに就職してくれた」という安心感を与えることができていたのではないかと思います。父から直接就職について何かを言われることはありませんでしたが、父も大手企業に勤め続けたサラリーマンだったので、同じ道を歩んでいく息子の姿を見て「真面目に生きてくれている」と安心してくれていたのではないかと思います。

サラリーマン生活は、当初はとても刺激的なものでした。新しい知識や技術を身につけたり、学生時代では行くことができなかったであろうところに仕事で行けたり、また、一人でこなせる仕事が増えてくるにつれ客先へ行く機会が増え、一人で出張を任せられる機会も出てくるなど、知識・経験ともに充実していくことを実感することができました。

しかし、そんなサラリーマン生活の中で、様々な違和感を感じる機会も多くなってきました。以下、そのうちの代表的なものを紹介したいと思います。

 

社内の飲み会

「会社の飲み会は苦手」という方は少なくないと思います。自分は完全にそちら派で、もともとお酒をあまり飲まないこともあって、飲み会どころか居酒屋やお酒がこの世からなくなればいいのに、と思っていました。

中には楽しいと思える飲み会もありました。例えば久しぶりに会う、違う職場で働く同期入社メンバーとの飲み会は楽しいものでした。また、普段滅多に接することがない人との飲み会などは、人と知り合い社内のネットワークを拡大させるいい機会となりました。

しかし、毎日会社で何時間も顔を合わせている上司や同僚との飲み会は苦痛でしかありませんでしたし、飲み会という場をやたらと重視する先輩や上司の姿には大きな違和感を感じていました。その理由はいくつかありました。

飲み会は時間の無駄

日頃から職場で顔を合わせている人たちとの飲み会は、自分にとっては時間の無駄でした。よく「飲ミュニケーション」などといい、職場の人と飲みに行くことで普段は交わすことのできないコミュニケーションを取ることができるようなスタイルがもてはやされることがあり、それを推奨すらしている会社もありますが、自分にとっては飲み会という場でなくては十分なミュニケーションが取れないのであれば、それはコミュニケーション能力の不足、あるいは職場環境が悪いという状況であり、飲み会などやらずにしっかりコミュニケーションを取るべきであるというのが自分の考えでした。

「残業を減らして早く帰ろう」と表向きには言いつつ不払い残業をしている会社は最悪の会社だと思いますが、仕事を途中で切り上げさせてまで、あるいはプライベートの予定があるにも関わらず飲み会に付き合わせるような上司も同罪であると考えていました。残業代もつかず自分がやりたいことをやる時間を奪われるような、会社の人との就業後の飲み会など、自分にとってはただの時間の無駄でした。(飲み会の場での受動喫煙も正直大きな苦痛でした。)

飲み会はお金の無駄

職場の人と飲みにいったからといって、おごってもらえるはずもなく飲み代はほぼ全て自腹でした。早く帰りたいのに、残業代が出ない不払い残業のようなものをこなしつつ、更にお金を払わなくてはならないなんて、どう考えても無駄を超えて害悪でしかありませんでした。入社間もなく給料も安い自分にとっては、小さくない負担でした。

 

会議資料の作成

会議の資料を作るということは、会議という場において意見を主張し、自分がやりたいことあるいは会社の方向性を合わせていくという面で必要だということは否定しませんし、組織である以上必要なことだと思います。口頭だけで物事を正確に伝えることは難しく、効果的な会議資料を作成しそれに基づくプレゼンテーションをすることは重要なことです。

しかし、私が当時経験したことはそういった目的とはかけ離れた部分での会議資料の作成にかける稼働でした。下っ端の自分にとって、会議資料の作成は、自分が何かを説明するためのものではなくもっぱら上司が会議で使用するための資料作りを意味していました。上司の指示をもとに自分なりに色々と考えて作るのですが、ときに鋭い指摘があるものの、「フォントのサイズや色が気に入らないから直して」とか「説明文章が気に入らないから直して」といった、全く本質的ではない指摘が非常に多くありました。

当時考えていたことは「だったらはじめから明確に指示しろよ・・・」とか「だったら自分で作れよ・・・」ということばかりで、最終的には給料をもらうための仕事だと割り切って取り組んでいたものの、そんな状況でモチベーションを保つことは難しく、大きなストレスを抱えながら仕事を続け「こんな上司にはなりたくないなぁ・・・」といったことばかり考えていました。なんで会社でこんな無駄なことに時間を費やしているんだろう・・・という気持ちは、大きくなるばかりでした。

 

社内稟議と意思決定プロセス

会社として何かを実施するためには、しかるべき人に許可を得るプロセスが必要です。その手続が社内稟議であり、そのプロセスが意思決定プロセスです。最初は「会社ってこういうふうに意思決定をしているのか・・・」と新鮮に映る部分もありましが、それはあっという間に無駄なプロセスであると感じるようになりました。

例えば、自分の考えで何かしらをやろうとすれば、それを正当化するための資料と説明を延々と行わなくてはいけません。そうやっている間に自分がやりたいというモチベーションは下がっていき、またその過程で自分がやりたいことがやれなくなる、ということが多々ありました。また、上司のアイデアで何かをやろうとするときも、その社内稟議に必要な資料は部下の仕事でした。必要な情報を集め、その上司のアイデアが「一番最適な方法」である根拠を作る必要がありました。

「自分が何かやりたい」と思うことがなかなか実現できず、「他人が何かやりたい」ことを実現するためにそれが自分の考えと違っていてもその準備をし続けなくてはならない・・・そんな状況に嫌気がさしていました。

 

このように、サラリーマン生活の中で自分は様々な違和感を感じてきました。これを読んで「そんなのサラリーマンとしては当然やるべきことではないか」、「自分が悪いのを周りのせいにしているだけ」といった考えや、「それなら会社辞めればいいじゃん」と思ったかたもいらっしゃるかと思います。私自身も改めて文字に起こしてみると、そう感じる部分もありました。しかし、大手企業に入社した安心感や世間体含め、その状況に甘んじていたことは事実であり、その状況を変える動きをしてこなかったことは事実です。

そういったこれまでの自分を振り返ってみて、「やはりサラリーマンには向いていない」「もっと自由に生きたい」という思いを強く感じるようになったのです。

 

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